Q.生活保護受給者は,損害賠償金を全額返還しなければいけないのでしょうか。

[医療扶助,生活保護,賠償金,返還義務]

A.

生活保護受給中に交通事故に遭った場合,あるいは,交通事故に遭ったために生活保護受給者となった場合,いずれも考えられますが,給付をした自治体から賠償金からの返還を求められることがあります。
中には,慰謝料を含めた全額の返還を求められます。
不満も当然にあるでしょうが,現在の解釈と制度からは返還に応じることはやむを得ません。

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1 生活保護法の規定

被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。(生活保護法第63条) 

まず,「保護金品に相当する金額の範囲内において」ですので,受け取った金額以上のものを返還する義務がないのは,当然です。

「資力があるにもかかわらず」ということに注目しましょう。
交通事故に遭ったのに,どうして「資力があるにもかかわらず」となってしまうのでしょうか。

これは,交通事故の被害による損害賠償請求権が,どの時点で発生して,どの時点で範囲が確定するかという法律論の問題になってきます。


2  自治体の運用基準の根拠

それは,1971(昭和47)年12月5日という,40年以上前の旧厚生省社会局保護課長通知を踏まえたものといえます。

この項目の最後に通知を引用しておきます(なお,厚労省の法令等データベースで簡単に検索ができます。)。

「資力の発生時点としては、加害行為発生時点から被害者に損害賠償請求権が存する」としているので,交通事故発生日から被害者としては損害賠償請求権を持っていることになるので,それを「資力の発生時点」と定めています。
そして,交通事故発生日以降の保護費は生活保護法63条による返還の対象となりますと一般論としては,述べています。
自治体の窓口の対応としては,この一般論を全体的な取り扱いの原則論として一人歩きしているおそれがあります。

通知には,続きがあります。
返還額の決定にあたつては,①損害賠償請求権が客観的に確実性を有するに至つたと判断される時点以後について支弁された保護費を標準とする。②世帯の現在の生活状況および将来の自立助長を考慮する。とあるのです。
自治体の運用として,この点を十分に考慮しているのか,疑問です。

しかし,①損害賠償請求権が客観的に確実性を有するに至つたと判断される時点について,交通事故は,「自動車損害賠償保障法により保険金が支払われることは確実なため、事故発生時点」とされているために,任意保険金あるいは加害者自身の支払いを含めた全額を対象とするという考え方が生まれてきているとしても不思議ではありません。

だが,自動車損害賠償保障法による保険金というのは,強制保険である自賠責保険のみです。したがって,「自賠責保険金の範囲では」と読むべきだと考えます。

引用開始---------------------------
厚生省社会局保護課長通知
○第三者加害行為による補償金、保険金等を受領した場合における生活保護法第六十三条の適用について
(昭和四七年一二月五日)
(社保第一九六号)
(各都道府県・各指定都市民生主管部(局)長あて厚生省社会局保護課長通知)
標記について、今回左記のとおり取扱い方針を定めたので、了知のうえ、管下実施機関を指導されたい。

1 生活保護法第六十三条にいう資力の発生時点としては、加害行為発生時点から被害者に損害賠償請求権が存するので、加害行為発生時点たること。したがつて、その時点以後支弁された保護費については法第六十三条の返還対象となること。
2 実施機関は、1による返還額の決定にあたつては、損害賠償請求権が客観的に確実性を有するに至つたと判断される時点以後について支弁された保護費を標準として世帯の現在の生活状況および将来の自立助長を考慮して定められたいこと。
この場合、損害賠償請求権が客観的に確実性を有するに至つたと判断される時点とは、公害,自動車事故については次の時点であること。
(1) 公害の場合
ア 第一次的に訴訟等を行なつた者については、最終判決または和解の時点
イ 第一次訴訟等の参加者以外の者であつて、客観的に第一次訴訟等の参加者と同様の公害による被害を受けた者と認められる者についても、アと同一の時点
ウ ア、イに該当しない者については、その訴訟等に関する最終判決または和解の時点
(2) 自動車事故の場合
自動車損害賠償保障法により保険金が支払われることは確実なため、事故発生時点

----------------------引用終了

3 最高裁昭和46年判決

いわゆる青い本24訂版(平成26年2月発行)p212に損益相殺の項目で紹介をされている判決です(最高裁昭和46年6月29日判決)。
年度が近いことから,先ほどの厚生省社会局課長通知に影響を与えているものと推測されます。

この判決は,生活保護受給額(該当事案では医療扶助)について損害を否定した原判決を返還義務があるので,損害として認めるべきだとして破棄をしたものです。

その中で最高裁は,交通事故の被害者は,事故の発生時点で損害賠償請求権を取得しているのだから利用できる可能性がある資産を有しているのだけれども,賠償の範囲については,争いがありうるのだから,その時点では,まだ利用できる資産とは言えないとしています。
しかし,「争いがやみ賠償を受けるに至ったとき」が現実に利用できる資産となったとして,事故以降の保護費用全額について返還を認める結果となっています。

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