Q.拡散テンソル画像での所見は,外傷性脳損傷の証拠として認められますか。

[CT,MRI,びまん性軸索損傷,拡散テンソル画像,FA-SPM,MTBI]

A.

拡散テンソル画像による異常所見があっても,外傷性脳損傷の証拠としては,
(それだけでは)
現在の自賠責及び裁判実務においては認められていないと言わざるを得ません。


1 拡散テンソル画像による所見の裁判所における評価

平成20年以降を概観した結果では,拡散テンソル画像で「抽出不良」等の軸索損傷をうかがわせる所見があっても裁判所としては,証拠としては「評価しない」というスタンスであると言えます。
しかし,引用した判決例においては,その理由については微妙に差があります。

判決例1 診断的意義が確立していないことを理由にしています。
判決例2  正確性の担保がないことを理由にしています。
判決例3 理由は明確ではありません。
判決例4  評価について医学上意見が分かれていることを理由としています。
判決例5  必ずしも明確ではないですが,(CT,MRIとは異なり)形態的画像ではないことを理由としています。


2  意識障害レベルとの関係

引用した判決例は,いずれも判決では「意識障害なし」と認定しているものであり,いわゆる軽度外傷性脳損傷(MTBI)と称されているものに属しています。

判決例1 意識障害はなかったと言えます。
判決例2  意識障害はなかったと言えます。
判決例3  意識障害はなかったか,あっても軽度と言えます。
判決例4  受傷時幼児(8歳)のために不明な部分もありますが,意識障害はなかったと言えます。
判決例5 「本件事故当日及び翌日には,原告にはせん妄が認められた」という事実認定はありますが,結論として「意識障害はなかった」としている判決例で多少一貫しないものがあります。


3  FA-SPMとの関係

FA-SPMとは,他のMRIやPETによる画像を数学統計的に処理して得られた画像ないしは解析結果です。
結論は,FA-SPMについても,「証拠」とはならないとしているのです。

判決例2の「東京地裁 平成23年3月24日判決」がこの点について触れています。
「拡散テンソルトラクトグラフィーには,関心領域(ROI)のみの評価しかできず,画像に画像作成者の恣意が入るなどの欠点がある。」ことを前提にして,「FA-SPM画像それ自体の正確性が担保されているのかは判然としないし,FA値の低下が脳の器質的損傷を直ちに裏付けるものなのかも判然としない。」として,結局は,FA-SPMについても,「証拠」とはならないとしているのです。


4 自賠責高次脳機能障害システム検討委員会報告との関係について

平成23年3月4日,自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会による「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)において現段階における画像所見の評価に言及しています。判決例5では,
「形態画像において脳損傷を検出できない場合に,意識障害や記憶障害などを起こしていなければ,器質的脳損傷を起こすことはないと考えられ,このような場合に,遷延ないし遅発する症状の原因を,脳の器質的損傷に求めることはできない」
と述べています。

すると,CT,MRIといった形態画像で異常が見られない場合には意識障害や記憶障害等を起こしていなければ器質的脳損傷を起こすことはないという結論ですから,形態画像以外の画像,それには拡散テンソルのみならず,PET,SPECTで何らかの所見が出たとしても同様と言うことになります。

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5  各判決例についての検討

判決例1 東京高裁 平成20年1月24日判決
現時点(2013年3月)からすると5年以上も前の判決です。拡散テンソル画像に関する「診断的意義が確立されていない」という理由以外にも「(意見書での)解析が事故から11年以上も経った」ということが理由となっています(画像所見は7年以上)。

また,神経心理学的検査結果が進行性であることが通常の外傷性脳損傷によるものと異なることも指摘されています。推測ですが,心因性のものを疑われた可能性があります。


判決例2 東京地裁 平成23年3月24日判決
FA-SPMでの値低下をもってしても,脳の器質的損傷を裏づけるものではないとしています。
なお,「FA値の低下が認められると判断されている部位は,それまでのSPECT及びPETで問題があると判断されている部位とも異なる。」という画像所見の矛盾の指摘もしています。
また,この事例は,意識障害がないだけではなく,知能及び記憶力の低下が検査結果からは見られない事案です(むしろ平均よりも高い)。


判決例3 東京地裁 平成24年4月17日判決(控訴中)
拡散テンソル画像では証拠にならないとしていますが,理由は明確ではありません。

「現時点では,技術的限界から,微細な組織損傷を発見しうる画像資料等はないことから,仮に,拡散テンソル画像やPET等の検査所見で正常値からの隔たりが検出されたとしても,その所見のみでは,脳の器質的損傷が症状の原因となっていると診断することはできない。」
この範囲からは,裁判所として,あくまでも「微細な組織損傷を発見しうる画像資料」が証拠として必要であるとも読めます。そうすると形態画像(CT,MRI)以外の画像,それには拡散テンソル画像を含みますが,その画像所見では認められないと言うことが前提にあると言えます。


判決例4 東京高裁 平成24年5月30日判決(1審 東京地裁 平成23年3月3日判決)
拡散テンソル画像について診断上の医学的意見が分かれていることが理由となっています。
この点で,上記の判決例3では,ほとんど門前払いのようなスタンスとは若干は異なるようです。


判決例5  大阪地裁 平成24年3月23日判決(控訴中)

極めて自賠責高次脳機能障害システム検討委員会報告に忠実な判決と言えます。
そして,その報告書を他の判決では引用こそしていませんが,報告書の内容が東京での判決にも影響を与えている可能性は大きいと考えられます。

なお,この大阪地裁判決は,意識障害は受傷時にはないとしたものの,「せん妄」が事故当日と翌日には現れており果たして意識障害はなかったと言えるかは疑問です。

そして,その後の高次脳機能障害の程度から見て本判決は,外傷性脳損傷は否定したものの,非器質的精神障害として3級を認めております。(自賠責は非該当)


6  今後の展望は

拡散テンソル画像は,外傷性脳損傷の立証手段となるかは,争点となった判決例がすべていわゆる軽度外傷性脳損傷(MTBI)といえる事例であったため,意識障害がないか,あっても軽度である場合且つ通常のCT,MRI画像がない場合であることは当然かもしれません。そのために,どうしても争点が拡散テンソル画像の診断学的意義の有無になってしまうのかもしれません。同様なことは,PET・SPECTについても言えるかもしえません。
したがって,正面からは議論されていないように見えますが,軽度外傷性脳損傷(MTBI)によって被害者が主張するような後遺障害が残存するか,その残存が交通事故による因果関係をどのようなものならば立証できるかという根本的な問題があるのです。
軽度外傷性脳損傷(MTBI)の議論については,さておくこととします。
その上で,拡散テンソル画像の評価に対する今後の展望としては,あくまでも医学的知見の発展によるのでしょうが,拡散テンソル画像によるFA-SPMでの解析が診断的意義が認められる可能性も否定できませんので,将来的に肯定する判決例も出てくる可能性もあるでしょう。
しかし,裁判例の流れの現状は,外傷性脳損傷における外傷性,つまり因果関係については,意識障害と障害残存画像のいずれも必要とすることが原則です。(なお,最近の判決例でも「一定の意識障害」があれば障害残存画像を不要とするものも出ております。また,その場合の意識障害も軽度でした。この点は,こちらへ→クリック)
したがって,拡散テンソル画像によるFA-SPMでの解析について肯定的に捉える判決例が今後現れるとしても,それは「一定の意識障害」があると認められた場合と言うことになるのではないでしょうか。

判決例1 東京高裁 平成20年1月24日判決(上告受理申立中)
事件番号 平成16年(ネ)第2482号 損害賠償請求控訴事件
(1審) 千葉地裁松戸支部 平成16年3月31日判決 
事件番号 平成14年(ワ)第200号 損害賠償請求事件
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1724号(平成20年2月28日掲載)

判決例2 東京地裁 平成23年3月24日判決
事件番号 平成20年(ワ)第8040号 損害賠償請求事件(控訴中)
<出典> 自保ジャーナル・第1851号(平成23年8月11日掲載)

判決例3 東京地裁 平成24年4月17日判決
事件番号 平成21年(ワ)第21379号 保険金等請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1875号(平成24年8月9日掲載)


判決例4 東京高裁 平成24年5月30日判決
事件番号 平成23年(ネ)第2783号 損害賠償請求控訴事件
1審 東京地裁 平成23年3月3日判決
事件番号 平成19年(ワ)第13983号 損害賠償請求事
<出典> 自保ジャーナル・第1876号(平成24年8月23日掲載)

判決例5 大阪地裁 平成24年3月23日判決
事件番号 平成21年(ワ)第12805号 損害賠償請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1877号
(平成24年9月13日掲載)

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