無職者の休業損害・逸失利益を肯定した判決例はありますか。

[休業損害,失業者,無職者,逸失利益]

無職者と言っても,状況と無職に至る経緯は様々です。
休業損害は,現実収入の減少への賠償ですから,無職であれば原則は賠償されません。
しかし,就労ができた蓋然性が証明されたならば一定の範囲で認められます。

逸失利益は,将来の所得喪失への賠償ですから,休業損害よりも若干は幅広く認められる余地はあります。
しかし,逸失利益の場合には,認められても無職あるいは職業収入の証明が十分でなければ基礎収入が低く抑えられてしまう傾向にあります。

1 休業損害については,どうですか。   
(1)求職中の場合
失業中で無職あったが,休業損害を認めた事例はあります。
無職者と失業者は異なります。
すなわち,失業こそしているが,事故がなければ就職して収入を言っていえられた蓋然性の問題です。
要件としては以下のことが挙げられます。

①職歴があり,その際の収入状況が立証されている
②無職者となったことについての合理的な説明ができる
③事故当時,就労可能な心身の状況にあったといえる
④事故当時,求職活動を行っていたといえる


約1年半前に運送業を廃業後無職の被害者(男・62歳)について,具体的な就職話があり健康で就職意欲もあったことや求職期間等を考慮して事故から3ヶ月後には運転手の仕事に就く蓋然性が高かったして休業損害を認めた判決があります(名古屋地判平成18年3月17日 自動車保険ジャーナル・第1650号)。

この判決では,「息子と同居しながら求職をしており,本件事故当時まで再就職は決まってはいなかったが,二,三件の具体的な話が進んだことがあり」と,かなり具体的に認定しています。

(2)職業訓練中の場合
職業訓練中は無職であり,しかし一般の学生とも異なる立場です。
そのような場合に無職者として扱われることが多いと思われます。
だが,症状の程度,治療期間によっては一定の範囲で休業損害が認められる可能性があると言えます。

職業訓練生兼短期アルバイト(男・44歳,中心性脊髄損傷9級10号)につき,事故翌日職業訓練が終了した後の就職先は未定であり,直ちに就職できた可能性は低いこと及び事故前の勤務先における年収が約300万円であり年齢等から基礎収入は賃セ男性学歴計全年齢平均の約6割強の350万円としてを基礎収入として休業損害を認めたものです。(京都地判平成23年6月10日 自保ジャーナル・第1862号)

直ちに,就労はできなかったものの,求職活動期間を除いた期間に対して,症状の程度によっては,休業損害を肯定する可能性があるということです。
特に,本件は結果的に9級と認定される重症であったことが大きいと言えます。

その場合には,賃金センサスどおりの平均賃金までになるかどうかは,職歴,前職の収入,年齢,職業訓練の内容等が考慮されるが,控え目な認定として職業訓練を加味して前職に若干上乗せした金額が基礎収入となる傾向があるといえそうです。


(3) アルバイトをしながら就職先を探していた場合
この場合に,休業損害が認められることは当然です。
問題は,基礎収入としてアルバイトのままの賃金か,せめて前職の賃金となるかどうかです。

離職して積極的に就職先を探していたアルバイト中の被害者(男・45歳)につき,事故前の給与収入額596万円余を基礎収入に認めた判決があります(大阪地判平成17年9月8日 自動車保険ジャーナル・第1629号)。

この判決は,「本件事故がなければ,その翌日にでも職が見つかるというような状況であったとまでは認められない。しかし,一定期間後には職を得て稼働する可能性があったことまでは否定できない。」という理由で,基礎収入について前職の給与額としました。

2 逸失利益についてはどうですか。
(1)逸失利益がそもそも認められますか。
無職者であっても,被害者が将来働いて収入を得る蓋然性が認められる場合には当然に算定されます。
そして,休業損害よりも,この点は将来的な予測になるために若干は緩やかなものと言えます。

その「蓋然性」については,被害者の「年齢,健康状態,経歴,前職を離職した経緯,無職の期間の長短,無職の理由,資格や特技,資産,家計の収支内容,家族構成や他の家族構成員の収入の有無等の諸事情を総合的に考慮されます。


(2)退職後高年齢者の場合
63歳無職者の死亡事案で,離職してから半年未満であり,家計収支上「再就職して収入を得なければならない緊要性は高かった」こと,再就職に必要な技術,技能を修得したり,パートなどの多様な選択肢を考慮し,1年後から就労開始するものとして逸失利益を認めたました。基礎収入は,遺族主張の東京都の地域別最低賃金としました。
(東京地裁 平成13年11月30日判決 自動車保険ジャーナル・第1441号)

本件被害者は,離職して半年で失業給付受給中であり,妻と息子たちと同居しており,息子たちは稼働しており,また一定の蓄えもありました。その点から「稼働の機会を得る蓋然性」については慎重な検討をしました。

判決は,家族構成・経済状況等を詳細に検討して「被害者が就業を開始せず基本手当を受給する無職の状態にあったのは,被害者は前示のとおり就労に対する意欲を有し,同手当額を上回る好条件の再就職先を求めていたものの,その機会に恵まれなかったからであると考えるのが自然」としています。つまり被害者が無職であったことについて合理的な理由があったと認定しているのです。


(3)若年者の場合
若年者で家事手伝いあるいはアルバイトをしながら勉強・趣味に没頭しているような場合には,無職者とも,仕事への準備中とも解釈できます。

そのような場合には事実の認定の問題にもなり,難しいと言えそうです。

父親経営鮮魚店手伝いの20歳男子の死亡逸失利益算定の基礎収入を学歴計・男子労働者の平均年収569万6800円として認めた判決です。
(京都地裁 平成12年8月31日判決<出典> 自動車保険ジャーナル・第1378号)

被害者は,別の表現をすれば大学浪人生で家業の鮮魚店の手伝いで(両親の主張額で言えば)月額12,3万円の小遣い程度をもらっていたものです。
その点だけから言えば,基礎収入がもっと低めに認定される可能性さえもあった事例です。しかし,判決は,
①被害者が早朝から一生懸命に働いていた
②鮮魚店自体の経営も順調であった
③被害者がいずれは跡を継ぐと目されており,本人も自覚のあった
等から全年齢学歴計男子労働者計の平均賃金を採用しました。

また,スナックでアルバイトに従事していた22歳女子の死亡事故で,当時正社員としての就職が内定していたことから,女子の全年齢平均賃金を基礎に逸失利益を認定した判決があります。
(東京地裁 平成12年3月28日判決<出典>交民集33巻2号616頁)

被害者が若い女性でスナックでアルバイトで働いていたというと,収入もたかがしれていますし,その安定性も確かではありません。
その場合に死亡逸失利益にどのように反映させるかという問題です。
本件の場合には,全年齢女子労働者平均賃金で算定しました。

その理由としては,事故前にダイビングインストラクターとして正社員として内定していたこと,それを補強するものとしてダイビングのライセンスを取得していたことを挙げています。
この様に,正社員として内定が取れずにアルバイトのままであったならば判決内容が変わっていた可能性もあります。


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