腰椎椎間板ヘルニアと素因減額の関係について裁判の傾向はどのようになっていますか。

[ヘルニア,排泄障害,椎間板,素因減額,脊柱管狭窄,腰椎,逸失利益]

椎間板ヘルニアは,病態であって,必ず症状を伴うものではありません。
ところが,事故を契機に症状が出現したり,あるいは,悪化する場合があります。
そうなれば,必ず素因減額の問題が出てきます。
認定等級が12級の場合には素因減額が多く争点となりますが,14級から素因減額が問題となることもあり得ます。

14級での素因減額はまれです。あっても減額率は1,2割,ただし特殊なものとして相当な減額例もあります。
12級では,既に加齢による変性が生じていたことが証明された場合には,5割から7割の素因減額がされているものがみられます。そして,症状が出現していた場合には8割とされることもあります。
両下肢麻痺を含む併合6級との重度の場合も事故前にヘルニアの診断を受けていたことから8割とされている例もあります。

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1 14級

素因減額はまれです。あっても減額率は1,2割,ただし特殊なものとして相当な減額例もあります。

被害者(当時37歳男子歯科医師)が追突事故で腰部捻挫等の診断を受け,事故後約4か月間治療を行ない,その後約8ヶ月間治療を中断したところ,腰椎椎間板ヘルニアとなり再び治療を受けた事例について14級としたものの,事故前に軽度な経年性の腰椎変形を有することが寄与したとして,1割の素因減額を認めました(判決1 大阪地裁 平成8年7月5日判決)。

ヘルニアはスポーツ等の影響によるものとみられる観点から,被害者は椎間板変性が存在していたもので,症状が本件事故で発現したため素因減額として,損害額の2割を減額すると素因減額を認定しました。(判決2 横浜地裁 平成20年8月28日判決)


2 12級

既に加齢による変性が生じていたことが証明された場合には,5割から7割の素因減額がされているものがみられます。そして,症状が出現していた場合には8割とされることもあります。ただし,必ずしも年齢との相関関係はみられません。

被害者(35歳男子大工)には,事故前から頸椎及び腰椎の脊椎管狭窄があったが,このような人はわずかな外力によっても頸椎捻挫,腰椎捻挫,外傷性腰椎椎間板ヘルニアを起こしやすいことを併せ考え脊椎管狭窄を素因として素因減額7割としました(判決3 札幌地裁 平成5年7月7日判決)

被害者(37歳男子鉄筋工)は,事故前から腰がつったような(ヘルニアの)症状があったことから素因減額8割とされました(判決4 大阪地裁 平成8年10月31日判決) 
被害者(30歳主婦)が,事故当時,既に退行変性が存在していたものとされ,通常の日常生活を送る中においても腰椎捻挫ないし腰椎椎間板ヘルニアに罹患しやすい状態にあり,通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるべき状態にあったとして素因減額7割とされました(判決5 神戸地裁 平成13年9月5日判決)。

被害者(事故当時27歳)は,腰椎椎間板ヘルニアの既往症が本件事故により増悪したものとして3割の素因減額としました(判決6 大阪地裁 平成12年3月15日判決)。

被害者(会社共同経営者)には,事故前に発症はしていないとしても事故直後既に被害者の腰椎各所の変性が顕著であったこと,手術時の所見で第5腰椎と第1仙椎間のヘルニアに骨殻が伴っていたことなどからして本件事故以前から右のヘルニアが存在した疑いがあることに照らすと,被害者の腰椎椎間板障害は,本件事故以前からの既往症がかなりの程度寄与していることが明らかである等として素因減額5割としました(判決7 名古屋地裁 平成11年4月23日判決)。


3 9級以上

しかし,「事故前に腰部椎間板ヘルニアの診断を受けていた」ことで素因減額8割(判決16)とは,厳しいです。

被害者(当時37歳専業主婦)は,併合6級後遺障害(両下肢麻痺,排泄障害等)と認定されましたが,事故前に腰部椎間板ヘルニアの診断を受けており,治療を要する腰痛はなかったものの,本件事故により,繊維輪に亀裂が生じ,この亀裂が日常生活を契機に椎間板ヘルニアになったと認定して,ヘルニアから膀胱直腸障害,両下肢麻痺が生じたとし,素因減額は8割としました(横浜地裁 平成21年11月19日判決)。


4 各判決の要旨を教えて下さい。

判決1 神経症状14級,手術なし,喪失期間8年,素因減額1割
大阪地裁 平成8年7月5日判決
平成6年(ワ)第11796号 損害賠償請求事件
<出典> 交民集29巻4号1020頁
被害者(当時37歳男子歯科医師)が追突事故で腰部捻挫等の診断を受け,事故後約4か月間治療を行ないましたが,その後約8ヶ月間治療を中断したところ,腰椎椎間板ヘルニアとなり再び治療を受けました。裁判所は,中断後に再開したヘルニア治療も含めた全治療期間を事故と相当因果関係のある損害と認めました。
裁判所は,「被害者の腰部の痛みは事故後,変動はあるものの,一貫して存し,右症状は,筋力低下,反射の低下等の一定の客観的所見を伴っており,被害者の腰椎の変形と符合する症状であること,その程度も腰の屈曲障害の程度や,後に見るように被害者の仕事に相当深刻な影響を与えたことから見ても,労働能力に影響を及ぼす程度に達していると認められる。」として,神経症状として後遺障害14級10号を認めて,仕事内容,障害部位などに照らし症状固定後8年間,5%の労働能力喪失をホフマン式で逸失利益を認めました。但し,事故前に軽度な経年性の腰椎変形を有することが寄与したとして,1割の素因減額を認めました。なお,被害車両の損害は,30万円弱の中破でした。


判決2   神経症状14級,手術あり,喪失期間5年,素因減額2割
横浜地裁 平成20年8月28日判決(確定)
平成19年(ワ)第722号 損害賠償請求事件
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1769号(平成21年2月5日掲載)
被害者は,高速道路での事故で腰部打撲など受傷し,腰椎椎間板ヘルニアとなり,536日入通院しました。その間に髄核摘出術を受けました。
事故によって腰椎椎間板ヘルニアを発症したかが問題となりました。
被害者は,本件事故前は腰痛の症状はなかったが,本件事故で腰部を打撲して,当初から腰痛を訴え,初期の段階では腰椎椎間板ヘルニアに最も特徴的な所見であるSLRでの陽性所見は見られなかったが,その後腰痛が更に強くなり,SLRで片側に陽性所見が見られ,MRI検査で第4/第5腰椎間に腰椎椎間板ヘルニアの所見が見られたものです。
そして,主治医は腰椎椎間板ヘルニアの原因について,本件事故による外傷だけではなく,もともとの椎間板変性もあるとしており,本件事故による外力だけで椎間板ヘルニアが生じるとは考え難いとしています。
また,被害者がブレイクダンスやテニス等を腰椎に力学的負荷がかかるスポーツをしていたことは,その影響による椎間板変性を示唆するものでした。
以上を総合して,裁判所は,被害者の椎間板ヘルニアによる症状は,もともと被害者に椎間板変性が存在していたところに,本件事故による外力が契機となって,椎間板ヘルニアによる症状が発現するに至ったものと認められるとしました。したがって,本件事故だけが椎間板ヘルニアの原因であるとはいえないが,本件事故と椎間板ヘルニアの因果関係については,これを認めるべきであるとしました。
被害者の後遺障害は,14級10号(局部に神経症状を残すもの)に該当し,被害者は,長時間座っていたり,立っていたりすると,腰痛が現れることが認められるところ,このような後遺障害の内容からすれば,被害者は,本件事故による後遺障害により,症状固定日から5年間,労働能力を5%喪失したものと認めるのが相当であるとされました。
そして,ヘルニアは「スポーツ等の影響によるものとみられる」観点から,被害者は「椎間板変性が存在していた」もので,症状が本件事故で発現したとして,「素因減額として,損害額の2割を減額する」と認定しました。


判決3 神経症状12級,手術あり,素因減額7割  喪失期間10年
札幌地裁 平成5年7月7日判決 平成元年(ワ)第5193号
被害者(当時35歳男子大工)は,「外傷性腰椎椎間板ヘルニア」と診断され,第4,5腰椎開窓術及び椎間板摘出術を受けました。そして,腰椎に起因する腰痛,右下肢しびれ,右下肢筋力低下,右下腿知覚障害は,「かなり頑固な神経症状」というべきであるから,後遺障害別12級12号に相当するものと認められました。
外傷性が争いになりましたが裁判所は,「被害者には,事故前から頸椎及び腰椎の脊椎管狭窄があったが,このような人はわずかな外力によっても頸椎捻挫,腰椎捻挫,外傷性腰椎椎間板ヘルニアを起こしやすいことを併せ考えると,本件事故により発生したものと認められる。」としました。しかし,脊椎管狭窄を素因として減額7割です。


判決4   神経症状12級,手術なし,素因減額8割   喪失期間20年
大阪地裁 平成8年10月31日判決 
平成6年(ワ)第12155号
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1185号(平成9年2月20日掲載)
被害者(37歳男子鉄筋工,事故前から腰がつったような症状あり)の腰椎椎間板ヘル ニアの残存症状(特に杖歩行が必要な程度の右下肢痛み)は,MRI検査によるへルニアの所見等他覚的症状が認められるから,後遺障害12級12号(頑固な神経症状)に該当するものというべきであるが,その症状には,被害者が本件事故前から持っていた体質的素因が大きく影響していると認められるから,8割の寄与度減額をする。


判決5  神経症状12級,手術なし,喪失期間5年,素因減額7割
神戸地裁 平成13年9月5日判決
平成13年(ワ)第791号 損害賠償請求反訴事件
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1438号(平成14年4月11日掲載)
被害者(30歳主婦)が,駐車場内で停車中,他の乗用車に逆突された接触程度の軽微事故です。被害者は事故による腰椎捻挫ないし腰椎椎間板ヘルニアのために腰部から左臀部にかけての疼痛が残存し,かかる疼痛のため胸腰椎部の運動制限が生じているというものです。いずれも腰椎捻挫ないし腰椎椎間板ヘルニアに基づく後遺障害であると認められるとして,全体として後遺障害第12級12号(局部に頑固な神経症状を残す)に該当すると認められました。
労働能力喪失期間は,当初の発症を誘発した事故の影響は,月日の経過とともに低下していくものと考えられるから,症状固定日から5年間の範囲とされました。
また,事故当時,既に退行変性が存在していたものとされ,通常の日常生活を送る中においても腰椎捻挫ないし腰椎椎間板ヘルニアに罹患しやすい状態にあり,通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるべき状態にあったとして,被害者の椎間板の退行変性を身体的素因として素因減額7割とされました。


判決6 神経症状12級,手術なし,素因減額3割,喪失期間39年
大阪地裁 平成12年3月15日判決 
平成9年(ワ)第2076号 損害賠償請求事件
<出典> 交民集33巻2号541頁
衝突事故で受傷した被害者(事故当時27歳)が,頸部捻挫による右小指,環指から前腕尺側の知覚鈍麻,第4,第5腰椎間の椎間板ヘルニアの増悪があり,右仙腸関節部の痛み,右上臀部の痛みが残った結果,未だに痛みがひかず,胸腰椎部に運動障害が発生し,長時間座ること及び長時間歩行することが困難となりました。それに対して,局部に頑固な神経症状を残すものとしてして後遺障害12級12号を認めました。
労働能力喪失率は14%,労働能力喪失期間39年としました。
しかし,腰椎椎間板ヘルニアの既往症が本件事故により増悪したものと,3割の素因減額を認めた。


判決7 神経症状12級,手術あり,喪失期間5年,素因減額5割
名古屋地裁 平成11年4月23日判決 
平成4年(ワ)第2064号 損害賠償請求反訴事件
<出典> 交民集32巻2号666頁
被害者(会社共同経営者)が,バンパーが損傷する程度の追突事故で受傷して,約3年6ヶ月間加療し症状固定に至ったものです。
被害者は,腰椎椎間板ヘルニアにより第5腰椎,第1仙椎間の固定術を受け,その後も腰椎部痛,右上肢痛,右上肢ふるえ,左下肢痛,歩行困難(松葉杖使用)等の障害を残しました。
裁判所は,事故の衝撃は,激烈とはいえないものの,ごくわずかともいえないことが明らかであるとしました。また,事故により発症したものと認められる腰椎椎間板ヘルニアにより第5腰椎,第1仙椎間の固定術を受けて,もっぱら各所の疼痛により動作が制限される状態にあったとみるのが相当であるとしました。
その上で,裁判所は,後遺障害の程度は後遺障害等級12級の12にいう局部に頑固な神経症状を残すものに該当するとみるのが相当であるとしました。
そして,労働能力喪失率14%,症状固定時から5年間を新ホフマン係数で控除し,逸失利益を認めました。
しかし,事故前に発症はしていないとしても事故直後既に被害者の腰椎各所の変性が顕著であったこと,手術時の所見で第5腰椎と第1仙椎間のヘルニアに骨殻が伴っていたことなどからして本件事故以前から右のヘルニアが存在した疑いがあることに照らすと,被害者の腰椎椎間板障害は,本件事故以前からの既往症がかなりの程度寄与していることが明らかである等として素因減額5割としました。


判決8 併合6級後遺障害(両下肢麻痺,排泄障害等),喪失期間27年間(67歳まで),素因減額8割
横浜地裁 平成21年11月19日判決
平成17年(ワ)第4698号 損害賠償請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1816号(平成22年2月25日掲載)
被害者(当時37歳専業主婦)は,助手席同乗中,玉突き追突によって,乗車していた自動車が4.8m押し出されました。被害者は腰椎椎間板ヘルニア等で,2年7ヶ月に53日入院して,後遺障害12級を自賠責から認定されました。
裁判所は,被害者の後遺障害に対して併合6級後遺障害(両下肢麻痺,排泄障害等)を認めました。
併合6級であるから,その労働能力喪失率は67%と認め,労働能力喪失期間として40歳から67歳までの27年間としました。
しかし,被害者は事故前に腰部椎間板ヘルニアの診断を受けており,治療を要する腰痛はなかったものの,本件事故により,繊維輪に亀裂が生じ,この亀裂が日常生活を契機に椎間板ヘルニアになったと認定して,ヘルニアから膀胱直腸障害,両下肢麻痺が生じたとし,事故と因果関係の認められる損害は2割としました。つまり素因減額は8割です。

 

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