Q.「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」と題する報告書(平成23年報告書)とは,どういうものですか。

[びまん性軸索損傷,意識障害,自賠責保険,高次脳機能障害認定システム]

A.

損害保険料率算出機構は,脳外傷による高次脳機能障害の後遺障害認定について,脳神経外科,精神神経科等の専門医や医療ソーシャルワーカー,弁護士を構成員とする「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」を設置し,同委員会は,平成23年3月4日付けの「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」と題する報告書(平成23年報告書)において,高次脳機能障害の認定に関する基本的な考え方を,次のとおり整理しています。

(ア) 脳外傷による高次脳機能障害の特徴
a 脳外傷(脳の器質的損傷を意味するもの)による高次脳機能障害は,記憶・記銘力障害,注意・集中力障害,遂行機能障害等の認知障害や,周囲の状況に合わせた適切な行動ができない,複数のことを同時に処理できないなどの行動障害,更に,受傷前には見られなかったような自発性低下,衝動性,易怒性等の人格変化を典型的な症状とするものである。
b これらの症状は,主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症するが,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫など)とのかかわりも否定できない。両者が併存する例もしばしば見られる。
c 症状の経過については,急性期には重篤な症状が発現していても,時間の経過と共に軽減傾向を示す場合が殆どである。
d 上記aの症状が後遺した場合,社会生活への適応能力が低下することが問題である。社会生活適応能力の低下は,就労や就学などの社会参加への制約をもたらすとともに,人間関係や生活管理などの日常生活活動にも制限をもたらす。
e 脳外傷による高次脳機能障害は,種々の理由で見落とされやすい。例えば,急性期の合併外傷のために診察医が高次脳機能障害の存在に気付かなかったり,家族・介護者が患者の意識の回復により他の症状もいずれ回復すると考えていたり,被害者本人が自己洞察力の低下のため症状の存在を否定していたりする場合などがあり得る。

(イ) 症状と障害の的確な把握
脳外傷による高次脳機能障害の症状を医学的に判断するに当たっては,意識障害の有無及びその程度・長さの把握と,画像資料上で外傷後ほぼ3ヶ月以内に完成するびまん性脳室拡大・脳萎縮の画像所見が重要な指標となる。
a 脳外傷による高次脳機能障害は,意識消失を伴うような頭部外傷後に起こりやすいことが大きな特徴であり,一次性のびまん性脳損傷(びまん性軸索損傷等)の場合,外傷直後からの意識障害を大きな特徴とするのに対し,二次性脳損傷では,頭蓋内血腫や脳腫脹・脳浮腫が増悪して途中から意識障害が深まるという特徴がある。
b びまん性軸索損傷の場合,受傷直後の画像では正常に見えることもあるが,脳内に点状出血を生じていることが多く,脳室内出血やくも膜下出血を伴いやすい。
受傷数日後には,しばしば硬膜下ないしくも膜下に脳脊髄液貯留を生じ,その後代わって脳室拡大や脳溝拡大などの脳萎縮が目立ってくる。およそ3ヶ月程度で外傷後脳室拡大は固定し,以後はあまり変化しない。局在性脳損傷が画像で目立つ場合でも,脳室拡大・脳萎縮の有無や程度を把握することが重要である。
c 頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し,次第に軽減しながらその症状が残存したケースで,びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認められる場合には,脳外傷による高次脳機能障害と事故との間の因果関係が認められる。
他方で,頭部への打撲などがあっても,それが脳への損傷を示唆するものではなく,その後通常の生活に戻り,外傷から数ヶ月以上を経て高次脳機能障害を思わせる症状が発現し,次第に増悪するなどしたケースにおいては,外傷とは無関係の疾病が発症した可能性が高いものといえ,画像検査を行って外傷後の器質的病変が認められなければ,この可能性は更に支持されるものと考えられる。この可能性の中には非器質性精神障害も含まれる。
d 脳の器質的損傷の判断に当たっては,CT,MRIが有用な資料である。
CTは,頭蓋骨骨折,外傷性クモ膜下出血,脳腫脹,頭蓋内血腫,脳挫傷,気脳症などの病変を診断できるが,びまん性軸索損傷のように,広汎ではあるが微細な脳損傷の場合,CTでは診断のための十分な情報を得難い。CTで所見を得られない患者で,頭蓋内病変が疑われる場合には,受傷後早期にMRI(T2,T2*,FLAIRなど)を撮影することが望まれる。受傷後2,3日以内にMRIの拡散強調画像DWIを撮影することができれば,微細な損傷を鋭敏に捉える可能性がある。受傷から3,4週以上が経過した場合,重傷のびまん性軸索損傷では,脳萎縮が明らかになることがあるが,脳萎縮が起きない場合にはDWIやFLAIRで捉えられていた微細な画像所見が消失することがある。したがって,この時期に初めてMRIを行った場合には,脳損傷が存在したことを診断できないこともある。
拡散テンソル画像(DTI),fMRI,MRスペクトロスコピー,PETについては,それらのみでは,脳損傷の有無,認知・行動面の症状と脳損傷の因果関係あるいは障害程度を確定的に示すことはできない。
神経心理学的検査は,認知障害を評価するにはある程度適したものといえるが,行動障害及び人格変化を評価するものではない。

(ウ) 後遺障害認定のあり方について
a 従前の審査においては,「脳外傷による高次脳機能障害は見落とされやすい」との前提のもと,審査対象の選定の条件として,頭部外傷後の意識障害(半昏睡~昏睡で開眼・応答しない状態:JCSが3桁,GCSが8点以下)が少なくとも6時間以上,若しくは,健忘症又は軽度意識障害(JCSが2桁~1桁,GCSが13~14点)が少なくとも1週間以上続いた症例であること,頭部画像上,初診時の脳外傷が明らかで,少なくとも3ヶ月以内に脳室拡大・脳萎縮が確認されること等の5条件を示していた。しかし,これをもって高次脳機能障害の判定基準とするものではない。これらの条件は,条件に該当する被害者を調査の対象とするという趣旨で設けたものであったが,現在では,上記の各条件に達しない被害者は高次脳機能障害ではないと形式的に判断されているおそれがあるのではないかとの指摘があった。
b そこで,後遺障害診断書において,高次脳機能障害を示唆する症状の残存が認められる(診療医が高次脳機能障害又は脳の器質的損傷の診断を行っている)場合は,全件で高次脳機能障害に関する調査を実施することとし,後遺障害診断書において,高次脳機能障害を示唆する症状の残存が認められない場合でも,次の①~⑤の条件,すなわち,
①初診時に頭部外傷の診断があり,経過の診断書において,高次脳機能障害,脳挫傷(後遺症),びまん性軸索損傷,びまん性脳損傷等の診断がなされている症例,
②初診時に頭部外傷の診断があり,経過の診断書において,認知・行動・情緒障害を示唆する具体的な症状,あるいは失調性歩行,痙性片麻痺など高次脳機能障害に伴いやすい神経系統の障害が認められる症例,
③経過の診断書において,初診時の頭部画像所見として頭蓋内病変が記述されている症例,④初診時に頭部外傷の診断があり,初診病院の経過の診断書において,当初の意識障害(半昏睡~昏睡で開眼・応答しない状態:JCSが3桁,GCSが12点以下)が少なくとも6時間以上,若しくは,健忘症又は軽度意識障害(JCSが1桁,GCSが13~14点)が少なくとも1週間以上続いていることが確認できる症例,
⑤その他,脳外傷による高次脳機能障害が疑われる症例のいずれかに該当する事案は,高次脳機能障害が見落とされている可能性が高いため,慎重に調査を行うこととした(以下,上記の調査対象とすべき事例の指標を「改訂自賠責調査基準」という。)。

[補足]
意識障害の程度と後遺障害との関係
 意識障害の評価の方法として,目を開けているか,話すことができるか,手足を動かすことができるかを観察して15点満点で評価するグラスゴー昏睡尺度(GCS)があり,急性期のGCSで3~8点は重度損傷,9~12点は中等度損傷,13~15点は軽度損傷と分類される。予後との関連で,多くの研究結果が示されている。
GCS13点以上で意識障害が短時間の場合でも,急性期には約半数で高次脳機能障害がみられ,3ヶ月までにほぼ消失する経過をたどる。入院時のGCSが13点以上の例で,1年後にほぼ正常の生活を送っている例は63%,中程度の障害が残存している例は19%とする調査結果がある。

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